人工光合成と分子エレクトロニクスへの展開
物質創成科学研究科 教
授
小夫家 芳明
1. はじめに
化学は原子と原子を共有結合で繋ぐ手法を用いて、多数の有用分子、優れた構造材料を提供して来たが、機能体としての生体には遙かに及ばない。その差は生体が結合の生成・開裂を自由に操れる弱い分子間力を用いて複数の分子を組織化する能力を有してしている点にあると考える。しかし近年超分子科学の手法が開発され、分子間の相互作用を用いた組織体の構築が可能となってきた。演者らは超分子組織化法を用いて、生体の根幹機能を発現するシステムを人工的に構築することを目指し、光合成アンテナ、光電荷分離中心と電子伝達鎖の各ユニットを構築し、最終的に光合成機能発現系を完成させる試みに取り組んでいる。これら電子、励起エネルギーを効率よく伝達する仕組みは、一方で分子エレクトロニクス材料としての展開も期待できる。
2. スペシャルペアモデル
光エネルギーはアンテナ捕集系を通して光合成反応中心に入り、スペシャルペアで光電荷分離、ついで電子伝達システムを介して化学エネルギーに変換される。電荷分離反応は、互いのπ電子面をほぼ平行にして、互いに中心をずらせて向かい合ったスペシャルペア配置体から始まるが、ペプチドを全く使わないでこの配置を自ら構築させることを考え、イミダゾリル置換ポルフィリンZn(II)錯体1Znを合成すると、イミダゾリル基が互いにZn(II)に配位した相補的配位結合によって非常に強固で安定な二量体2を形成し、スペシャルペアの最も単純な構造モデルが得られた 。
構造的な類似性がどのような機能特性に繋がるかを検討するため、電子受容体のピロメリットイミドをポルフィリンからの距離を変えて取り付けたところ、いずれのタイプのイミド置換体3,4についても、二量体はより高効率の蛍光消光を示した。そこで過渡吸収スペクトルから34の電荷分離及び電荷再結合速度を評価した(図1)。単量体は電荷再結合速度が電荷分離速度よりも速いが、二量体では電荷分離が加速される一方、電荷再結合が抑制され、電荷分離状態が効率よく生成できる。二量体は第一、第二酸化還元電位が分裂すると共に、カチオンラジカルの吸収位置は大きく長波長にシフトし、電荷の非局在化を示した。これら全ての特徴は電荷分離反応におけるスペシャルペア構造を取ることの優位性を明白に示している。
図1 3,4の単量体と二量体の電荷分離(CS)、電荷再結合(CR)速度の比較
3. 光捕集アンテナモデル
光合成アンテナ捕集体B850(LH2)は膜面に垂直な9個のクロロフィル二量体が整然と並んだリング構造を有している。このクロロフィル二量体は前述のスペシャルペアとそっくりである。この美しい構造を手本にアンテナ組織体の構築を目指し、イミダゾリルポルフィリンを120°の角度で連結したビス(イミダゾリルポルフィリン)5H2を合成した。これに亜鉛を導入すると、制御された条件の下で見事に大環状ポルフィリン組織体6を与えた。
図2 大環状アンテナ錯体モデル6の構築
4. 直鎖状ポリ(ポルフィリン)と分子はんだ
メソ位置を直接カップリングさせてイミダゾリル基の配位組織化方向を180°の角度で連結したビス(イミダゾリルポルフィリンZn(II)錯体)7Znは二量化が次々と進行し、巨大な配位高分子体のポルフィリンアレイ8を与えた。その分子量は希薄溶液中でも数十万、長さは数百ナノメートルに達する。
図3 相補的配位結合により生成したポルフィリンアレイ8の構造
5. 光電変換デバイス
上記の結果を活用し、末端にメルカプト基を有するイミダゾリルポルフィリン9H2を金表面に結合させた。中心にZn(II)を導入すると“分子はんだ”となり、ビス(イミダゾリルポルフィリンZn(II)錯体)7Znを加えると、分子はんだを起点に相補的二量体構造8が伸長した。可視光を照射すると光電流が発生し、一層修飾体に比べ、積層ポルフィリン修飾電極ではその積層数と共に光電流の増大が観測された。
図4 ポルフィリン集積組織体を用いる光電変換機能
6. 非線形光学材料
上述の再組織化法を用いて組織体の分子末端をフリーベースポルフィリンで止めた一連の長さの組織体9nを調製し、三次非線形光学定数を評価した。この値は連鎖長と共に増大し、共有結合で連結した既報のポルフィリンオリゴマー(○)に比べ、数十倍以上の大きな値を示した(図5)。非線形光学材料は光スイッチ、光コンピュータなどのフォトニクスデバイスの開発に重要な役割を果たすと考えられているが、有機材料は電子励起に基づくフェムト秒の超高速応答性が特徴であり、その中でポルフィリン類は最大の数値を有している。
図5 ポルフィリン超分子組織体の非線形光学定数
7. 今後の展開
イミダゾリル→Zn(II)ポルフィリン錯体の相補的配位を用いる組織化は、単離出来るほど強固でありながら、環境を変えると容易に切断でき、また再結合の可能な自在性を有している。これらの相補的配位結合を用いる超分子組織体に用いるポルフィリンは多様な構造体を合成することが可能で、HOMO-LUMO遷移エネルギー間隔、中心金属の種類によりオーダーメイドの機能担体を自由に操ることが出来る。また末端を自由に規制できることから、数百ナノメートル間隔の各種材料表面間を電子、励起エネルギー移動担体であるポルフィリン組織体で連結することが可能で、生体のエネルギー変換機能の更なる展開や、多様な分子エレクトロニクス材料として興味深い。