バイオ技術との融合による超微細構造作製プロセスの新展開

   −機能性電子デバイスへの応用を目指して−

 

物質創成科学研究科 教 授  

木 

 

1.はじめに

 高度情報処理システムや、広域大容量通信ネットワークの進展はシリコンを中心とする半導体素子の超高密度化、大規模集積化を抜きにしては語れない。これまで、シリコン大規模集積回路(SiLSI)の集積度は、“ムーアの法則”と呼ばれて良く知られているように、3年に4倍の割合で進展してきた(図1)。この予測に従えば素子回路の最小加工寸法が100nmを切る時も間近に迫っている。このような微細加工には写真縮小技術を基盤とするホトリソグラフィー技術が従来から使用されてきた。寸法の微小化に対応して、用いられる波長が水銀灯の紫外線領域からエキシマレーザの極短紫外域まで短波長化されてきているが、一層の微細化には大掛かりな装置が必要なX線領域、あるいは、スループットに大きな課題を抱えている極細電子線を使用せざるを得ない状況となってきている。

 

 

 一方、要素素子であるトランジスタやメモリーに関しても微細化の限界に来ており、今までとは全く異なった動作原理の単電子トランジスタや多値論理素子など新しい機能素子の実現が望まれている。

 ここにきて全く新しい手法による超微細構造の作製プロセスが一躍注目を集め始めている。大掛かりな装置と複雑なプロセスにより極小加工を施す従来の「トップダウン」手法ではなく、原子・分子で構成される極小部品(ナノブロックと呼ぶ)を積み重ねて所望の微細構造を形成する「ボトムアップ」手法である。例えば自然界では、動植物の体や微細な器官は極小の分子がDNAの遺伝子情報に基づいて組み合わさって出来上がっていく。提案する新しいプロセスでは、ある意味ではそれと同様の発想に基づいて微細素子を作製することから、我々はこの新しい手法を「バイオナノプロセス」と呼んで研究を展開している。


2.超分子の自己組織化能の活用

原子や分子はそれぞれが個有している物性(イオン性や化学結合性など)によって規則的な構造を自然発生的に構成する性質を持っている。これを「自己組織化能」と呼ぶ。我々はタンパク質の一種であるフェリチンに着目した。フェリチンは生物界に広く存在する鉄保存用のタンパク質で、生体内で必須微量元素である鉄の量を調整している。その分子量は約45万、直径12nmφの超分子であるが内部には6nmφ空隙を持っている。その中に鉄(Fe)やその他の無機物を内包させることができ、量子効果を誘起するのに充分な微細構造を構成することができる。

 これを用いた微細構造作製プロセスの一例を図2に示す。鉄を内包したフェリチンの溶液の気液界面に、溶液より比重の小さい有機膜を展開する。フェリチン分子とこの膜の静電相互作用により自己組織的にフェリチンの2次元配列を得ることができる。これをシリコン基板に転写し固定する。さらに、オゾン処理などにより外殻のタンパク部分を除去する。内包されていた無機物質を伝導体や半導体に改善し活性化することにより、デバイス構造の基本となるナノサイズドットの2次元アレイが基板上に形成される。内核無機物質の大きさは6nm以下のサイズであり、いわゆる量子効果を誘起することが可能となる。図2にはフローティング量子ドットゲートトランジスタを示すが、室温でも動作可能な多値論理素子への応用が期待される。実験結果を図3ならびに図4に示す。図3は形成された2次元配列の走査型電子顕微鏡像である。直径12nmのドットが規則正しく配列されていることが分かる。一部に欠陥(抜け)が見られるが、実際には100nm程度以下の領域にドットを配列して一つの素子とするので、均一な単体素子が実現可能である。


図4にトランジスタ、ゲート部分の断面構造の透過型電子顕微鏡写真を示す。ゲート酸化膜中にフローティングドットが埋め込まれている。基盤の半導体Siとの間の極薄酸化膜を流れるトンネル電流を制御して機能性素子とすることができる。このように基本要素構造のバイオナノプロセスを用いた作成に成功しており、現在は素子動作の確認実験を行っている。


この「バイオナノプロセス」では、高価な超精密ホトリソグラフィー装置を用いずに数nm以下の微細構造を効率的に作製することが可能となる。無機物質の種類を変えることにより、磁性体を用いた超高密度記録媒体や、高効率発光材料などへの展開も有望である。

 

3.終わりに

 従来の手法とは全く異なるボトムアップ微細構造作成プロセスである「バイオナノプロセス」に関して概要を紹介した。この分野の展開には、工学領域、分子生物学領域、物性物理領域など異分野の研究者の密接な連携研究が必須である。意欲的な研究者の参画を期待する。

 なお、本プロジェクトは松下電器産業叶謦[技術研究所山下一郎博士との共同で研究を進めている。ここに記して謝意を表する。

 

参考文献

T.Hikono, Y.Uraoka, T.Fuyuki and I.Yamashita, Technical Report of IEICE, SDM2001-184, pp.5-10.

G.Yamazaki, Y.Uraoka, T.Fuyuki, N.Mino and I.Yamashita, Technical Report of IEICE, SDM2001-183, pp.1-4