先端高分子ナノマテリアル −機能と分子設計
物質創成科学研究科 教 授
藤 木 道 也
ナノテクノロジーは21世紀を支える重要技術として期待されている。ナノテクノロジーはトップダウン(微細加工によるナノサイズ化)的手法とボトムアップ(原子からミクロンスケールへ)的手法とに大別される。一方、環境に優しい省エネルギー型高性能材料・デバイスが最近重要視されている。とりわけ,非共有結合と共有結合を巧みに組み合わせ,外部刺激に応答するソフトマテリアルは非常に有望である。
高分子創成科学講座では、科学技術振興事業団(戦略的基礎研究推進事業)と共同で、らせんポリシランという人工ナノ材料の創成・物性・機能開発を通じて,自然界に見られる合目的で真に役立つナノ材料・ナノ物性・ナノ機能の研究を推進している。ポリシラン注1)は紫外部に強い主鎖吸収を持つ、有機溶媒に溶解する高分子半導体である。以下に三つの研究例を紹介する。
(研究成果1)光学活性を示さない棒状ナノ高分子(直径1nm、長さ600nm程度)をキラルアルコール分子注2)やキラルアミン分子注2)の共存下、ボトムアップの手法で微粒子化(直径2-3000nm程度)すると、複雑なキラル分子の形状をポリシラン微粒子が正確に認識し、記憶していることを見いだした。
すなわち、キラル分子の構造情報をポリシラン微粒子中に転写・増幅することにより、ポリシラン微粒子自体が光学活性となり、その結果、微粒子の円偏光吸収の符号と強度注3)からキラル分子の構造情報の読出しができた。さらにキラル分子の純度(右分子と左分子の割合)を円偏光強度と符号から簡便に定量することができた。この手法はポリシランとキラル分子の間に働く極めて微弱な相互作用を数桁以上増幅する新原理の分子認識法として興味がもたれる。本法はさらに他の高分子微粒子系にも適用可能と考えられ、将来、種々の右手分子と左手分子の微妙な構造の違いや純度を迅速かつ簡便に認識する安価なキラル分子分析素子や効率的なキラル分子分離素子へ結びつくことが期待される。
図1. ボトムアップ法によるポリマーナノテクノロジー:分子キラリティ
センシング機能を示すポリシラン微粒子の合成
適用領域)液晶、医薬、農薬、食品、香料の分野では,特性、効用、副作用、味覚、嗅覚の点から、鏡像異性体と呼ばれる一組の右手・左手分子を厳密に効率よく迅速に分析・分離する技術開発が待ち望まれている。例えば医薬開発においては、副作用を抑制するために右左分子の作り分けは特に重要である。
注1)ポリシランは、地球上で酸素に次いで2番目に多いケイ素元素をチェーンのように長く繋げた人工高分子で紫外吸収を持ち、化学的・熱的に安定である。光と酸素があると地球に優しいシロキサン高分子へと分解する。ポリシランは適度にしなやかさを持ち、0.15nmの精度の分子設計により自在に機能設計が可能である。紫外部に強い主鎖吸収を持つ、溶媒に溶ける高分子半導体である。
注2)キラルとは、物質がその鏡像と重ならない構造(例えば、右手と左手の関係)を意味する。
注3)円偏光とは、特殊な偏光で、右ねじのように光が進む右円偏光と、その逆向きの左円偏光がある。
(研究成果2)現在次世代の高度光情報化社会の実現に向け,高速・大量の情報処理を可能にする安価で環境負荷が低減された1.3mm,1.53-1.61mm帯の光ネットワークシステムの構築が求められている。「光機能」は動的光機能と静的光機能に大別される。静的光機能は常に一定の吸収,発光,反射特性を与え、一方動的光機能は、光・熱・電場などの外部制御により、偏光、波長、反射などの特性を量的・質的に制御する。とりわけ動的な光制御スイッチ・記録・表示・演算機能を有する高性能の光情報材料の開発に期待が寄せられている。
一方、赤・緑・青(RGB)の3原色を実現するカラー液晶表示素子は現在では大きな市場を形成している。しかし円偏光カラー液晶表示素子はあまり知られていない。一般に棒状分子は自発的に液晶相を形成することが知られている。棒状棒せんポリシランPDMBSの持続長(剛直性の指標)qが85nm(室温,isooctane中)と求められ、二重らせんDNAのq=60nmより長い。
PDMBSの化学構造
図2. PDMBSのサーモトロピックコレステリック液晶の円偏光選択反射スペクトル
図3. PDMBSサーモトロピックコレステリック液晶の
円偏光選択反射波長の温度応答特性
分子量と分子量分布を精密に制御した比較的低分子量の剛直棒状らせんポリシランPDMBSが70℃以上でカラムナー相からサーモトロピックコレステリック相へ転移することを見いだした。ポリシラン自身がメソゲンとして働くためである。サーモトロピックコレステリック液晶性の剛直棒状らせんポリシランの分子鎖間にはvan
der Waals引力と斥力しか作用しないため,従来のサーモトロピックCh高分子液晶と比較し格段に高速・可逆な可視〜近赤外光対応の液晶フィルター特性が可能である。液晶相転移温度以上では,温度上昇とともに円偏光選択反射が可視域から近赤外域へ長波長シフトし,また温度ヒステリシスのない,速やかな円偏光選択反射の温度応答性を示した。これらの特性は可視域から近赤外域において温度制御型高速波長可変円偏光液晶フィルターとしての可能性を示している。今後構造と分子量の最適化により,外場応答性のさらに高度な動的光制御が可能なさらに魅力ある次世代の液晶高分子への発展が期待される。ナノレベルで棒の長さである分子量の精緻制御により,合成棒状高分子が潜在的に持っていた特性を最大限に引き出すことができた。
適用領域)温度駆動光スイッチ・フィルター、光情報記録・表示素子。
原著論文と関連特許:
(研究成果1関連)
1.
H. Nakashima, J. R. Koe, K. Torimitsu, M. Fujiki, J. Am. Chem. Soc., 23, 4847 (2001).
2.
中島寛、藤木道也、特願2000−138394.
(研究成果2関連)
1.
J. Watanabe, H. Kamee, and M.
Fujiki, Polym. J., 33, 495 (2001).
2.
K. Okoshi, H. Kamee, G. Suzaki, M. Tokita, M. Fujiki, and
J. Watanabe, Macromolecules, 35, 4556
(2002).
3.
渡辺順次、藤木道也, 特願平11−352030.
4.
藤木道也、渡辺順次、大越研人, 特願2002-175277.